シェフシャウエンの街を離れ、次にやってきたのはモロッコの古都フェズ。
1000年以上の歴史を持つ、世界で一番複雑といわれる旧市街を散策。
その後さらにモロッコを南へ移動し、トドラ渓谷で有名なティンジルへ。
モロッコの奥地へと旅は続く。
迷路のように複雑な旧市街 モロッコの古都フェズ
シェフシャウエンからフェズへと続く道。
緑の多かった山岳地帯から、徐々に緑がなくなり、茶色の荒涼とした風景に変わっていく。
フェズまでヒッチハイクで乗せてくれたのは、キャンパーバンで旅をするクエンティン一家。
後部座席で小さな女の子エリーのお世話をしつつ、フェズまで同行させて頂いた。
フェズでもカウチサーフィンを利用。泊めてもらっていたのは旧市街内のアパートを所有するイブラヒム。
旧市街内にアパートを所有している彼は、フェズの名家の出身で、苗字を名乗ると誰もが知っているような一家なのだとか。
ちなみに泊めてもらっていた部屋は、こんな感じでした。
現在のフェズの発展の始まりは、8世紀後半のイドリス一世が創始したイドリス朝の時代から。
イドリス一世は、預言者ムハンマドの娘であるファティマと夫のアリー(第4代カリフ)の血をひく存在。
彼はメッカ近郊での正統カリフのアリー派の反乱に、反乱軍側として参加していたが、この戦いに敗れモロッコに逃げのびてきた。
逃げのびた先で原住民のベルベル諸民族に受け入れられ、王となりイドリス朝を創始した。
その後イドリス一世とベルベル人の女性の間に生まれたイドリス二世により、フェズは東西南北に通じる交通の要衝として発展を遂げていく。
以後のイスラム王朝でも何度も王都とされ、芸術や学問の中心として繁栄してきたのです。
フェズの旧市街は、9世紀に建設されたフェズ・エル・バリと、13世紀に建設されたフェズ・エル・ジェディドの2つに分けられます。
その中でも、フェズ・エル・バリは、カイラワーン(現チュニジア)からの移住者が多く住むカイラワーン地区。
イベリア半島のウマイヤ朝からの移住者が主なアンダルス地区に、フェズ川を挟んで分かれています。
カイルワーンからの移住者たちは、故郷の名を冠するカラウィン・モスクを建設し、フェズはここを中心に発展を遂げていくことになる。
イベリア半島のウマイヤ朝から移住してきた人々は、高度な芸術や職人工芸をフェズに伝え、陶器や金銀細工・なめし皮・織物などの産業を発展させてきました。
フェズの旧市街には、現在でも職人が多く伝統的な工芸品などが受け継がれています。
またフェズといえば有名なのが、なめし革工場。
昔ながらの手作り皮革製造業が営まれており、伝統的な手工芸技法が今も受け継がれています。
牛や羊、ラクダなどの革が、まず鳩の糞で柔らかくされ、次に様々な自然の染料によって、染め上げられていきます。
円い染色桶がずらっと並ぶ光景と、そこで現在でも働く人々の姿は圧巻。
フェズ・エル・バリは外敵の侵入を防ぐために街並みが複雑になったといい、坂や路地、階段が入り組んでおり、車は侵入不可。
そのため現在でも物流の手段としてロバやラバが使われています。
彼らが手前や後ろから来ると、狭い通路の端に寄って、道を譲る。
小さな路地が入り乱れ、世界一複雑と言われる街。旧市街ではGPSでも現在地を知る事は難しいほどだった。
そんな1000年以上の歴史がつくった巨大な迷宮都市には、今も人々が暮らしており、生き生きとした生活感が感じられる。
旧市街内には市場があり、小さなレストランが所狭しと並ぶ場所があり、大勢の人々で賑わいます。
ちなみにフェズ旧市街の住宅はイスラム法に基づく構造になっている。
家の入り口が向き合わないように、外側には窓がない。
家の中心はが空洞で中庭になっており、その周囲を窓のある部屋が取り囲んでいる。
フェズの小路を歩いていると、狭く薄暗く感じるのだが、家の中に入ると広い中庭があり開放的。
またフェズでは、ほとんどのモスクや重要な霊廟にイスラム教徒以外は入る事ができません。
そのかわりにマドラサと呼ばれる神学校は見学することができ、精巧で美しいイスラム芸術の一部を楽しむことができます。
私が見学に訪れたのは、カラウィン・モスクの近くにあるアッタリーン・マドラサ。
14世紀に建てられた神学校で、当時の建築スタイルや伝統的な彫刻やタイルを見学することができます。
旧市街の通りを歩いていても、美しい彫刻が施された扉や、素晴らしいタイル張りの水飲み場など、至る所にイスラム芸術を発見できます。
13世紀に建設された、西側の旧市街フェズ・エル・ジェディドには、モロッコの王宮やメラー地区(旧ユダヤ人街)があります。
キリスト教徒によるレコンキスタがイベリア半島で拡大すると、イスラム教徒だけでなくユダヤ教徒も南下し、フェズに移住してきました。
メラー地区の、石造りで白漆喰を使用し木造のバルコニーを設置した街並みは、フェズ旧市街の建物とは、また違った風景。
夕暮れ時にはフェズの街が見下ろせるメリニデスの墓と呼ばれる高台へ。
ここからフェズの旧市街がどれだけ広いエリアに及ぶかを確認できる。
フェズの旧市街を見て周るには、最低2日はあった方が良いという感想。
ティンジル トドラ渓谷と緑豊かなオアシスの街
古都フェズでモロッコの素晴らしい旧市街を訪れた後は、ヒッチハイクでさらに南下。
カウチサーフィンのホストにお世話になりながら、フェズ南部の山間部の街イモーゼ・ケンダルとミデルト、エン・リッシュといった街を経由していく。
イモーゼ・ケンダルやイフランといった街は、植民地時代の面影が強く残る街だった。
フランス風の建物、杉の木の森にはサルも生息していた。
この辺りは、りんごの生産が有名でりんご畑も多い。
イモーゼ・ケンダルからは、ヒッチハイクでスペイン人のカルロスに車で乗せてもらう。
70歳を超えているにも関わらず、キャンパーバンでモロッコ中を旅。
翌年はイランからスペインまで自転車で旅するという。
私がこれから西アフリカに行くという話をすると、餞別にと「ライフストロー」をプレゼントしてくれた。
アトラス山脈の峠道を越えると、景色が変わってくる。
杉の木の森が姿を消し、茶色がかった景色に。
この日は、ミデルトから南に80kmほど離れた、エン・リッチという街へ。
ハディジャと彼女の子供達が、カウチサーフィンでホストしてくれた。
特に見所はない街だけれど、彼らや彼らの友人達との交流が楽しかった。
特別に作ってくれたクスクスは、日本で食べるクスクスと全然違う。
やはり本場では本場の作り方があるのだ。
この街からさらに200kmほど南西に離れた場所に、トドラ渓谷で有名なティンジルが。
トドラ渓谷自体のエリアは小さく、見るだけなら30分ぐらいで終わってしまう。
それでも高さ200mほどに及ぶという断崖は迫力満点。
その間を川が流れていく。
私は自然の中を歩くのが好きなので、ここからさらに山の奥部をトレッキング。
スターウォーズの映画に出てくる世界の果てのような景色の中を歩く。
現在も遊牧民のような生活を送る人々もおり、トレッキング中に何度かすれ違った。
このトドラ渓谷がある地域では、渓谷から流れてくる川の水を利用しての農業が盛ん。
そのために谷間には緑が広がり、崖の中腹に街がある。
トドラ渓谷を訪れて、この素晴らしい自然風景よりも印象に残ったのは、彼らの農業システム。
限られた水を利用する、昔ながらの灌漑システムは、まさに砂漠の中のオアシスを生み出している。
オリーブ、アーモンドやアケビの木にナツメヤシ。
トウモロコシやケールにアルファルファなど、様々な植物が混植されている。
この緑に溢れる谷間の中にいると、そこで鳥や虫の声が聞こえ、まさにオアシスだ。
もう一つ印象的だったのが、この渓谷沿いに残るカスバやクサールと呼ばれる城塞集落跡。
建物は日干しレンガで造られていて、独特な景観。
近づいて中を歩いてみると、下記の写真のような雰囲気。
古くなり廃墟のようになった集落も多い。
ティンジルの街では、リノベーションされた、かつてのカスバを見ることができる。
かつてユダヤ人の居住区があったことから、イスラエル政府が援助しリノベーションを行ったそうだ。
この街で家に宿泊させてくれていたラシッドにも心から感謝。
何だかモロッコの旅はのんびりゆっくりと進んでいく。
まるでこの国のリズムに合わせるように。
おわりに
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