中国の旅 (2) ヒッチハイクで中国縦断旅 チベット文化圏で出会った信じられないくらいホスピタリティに溢れた人々

中国
稲城県で僧院を訪れてみた

中国四川省でヒッチハイク チベット族女性に笑われてる

昆明で仲間と過ごす日々が居心地良すぎて2週間もの滞在。なかなか離れたくなかったけれど、ビザが切れる前にモンゴルに辿り着かなくてはいけない。

一度トライして一日で20kmしか進めなかった(笑)昆明市からのヒッチハイクはあきらめて、夜行バスで香格里拉(シャングリラ)へ。中国の夜行バスって座席がベッドのようになってて、ごろんと横になって足を伸ばせるのがいい。

香格里拉からは、チベット文化圏をヒッチハイクで抜け、モンゴル方面に向かっていく。

思ってもいなかった中国の人々の寛大で親切なホスピタリティに助けられて、モンゴルまで辿り着いた人情のヒッチハイク旅。

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中国縦断ヒッチハイクルート

中国を昆明からモンゴルまで縦断した時のルートはこんな感じです。

今回ヒッチハイクしたルートで、昆明からモンゴルとの国境までの間の距離は4000kmほどでした。この距離をよく二週間で走り抜けたな(笑)

二週間ヒッチハイクしている中で、中国人の方々の親切なホスピタリティが身にしみましたー!

車に同乗させてくれるだけでなく。「お腹空いてないか?これから昼飯食べるけど一緒に行く?」と聞いてくれて、お金を払おうと思ったら「お金なんかいらないよって。」

中国の田舎では英語を話せる人が少ないので、コミュニケーションをとるのは難しかったけれど、この旅で一番心と記憶に残ったのは人々の寛大さでした。

もちろん4000mを越える、美しい高原地帯の景色も。

甘孜鎮付近

「こんな場所で何してんの?」と言われつつも、中国でのヒッチハイクは簡単だった

ヒッチハイクの始まりは香格里拉から。そこから稲城県への道は、懐かしさを感じました。

なぜならインドのラダックで見たのと似たような、箱みたいな形の建物が建ち並んでいるからです。

ここは遠く離れていても、ラダックと同じチベット文化圏なのだなーとつくづく感じます。

箱のように四角いチベット文化圏の典型的な建物

山の中腹には僧院が見える

この地域でのヒッチハイクは思ったよりも簡単でした。公共交通機関も発展していないからか、車の数は少ないですが、多くの人が止まってくれました。

ホンダのスポーツカーに乗せてもらったり、車の荷台に乗っけてもらったり。

車の荷台に乗っけてもらった

ダンディーなバイクの人が止まって、「乗ってく?」というパターンも。

バイクに乗せてくれたおじさん

外国人がヒッチハイクをしているのが面白いのか、写真を撮られたりすることも。「こんな場所で変な事してるやつ見つけた!写真撮ってウィーチャットで友達に送ろう!」と思われてるんでしょうね。*ウィーチャットとは中国版LINEのようなアプリです。

ヒッチハイク中に写真を撮られる

それでも感じたのは、中国でヒッチハイクはそれほど珍しくないということです。実際に中国人も含めてたくさんのヒッチハイカーに出会いました。片言の中国語と流暢な日本語を操るカナダ人や、中には50才を越えるベテランヒッチハイカーの姿も。彼のテクニックは車が近づいてきたら、合掌して一礼するポーズでドライバーにお願いするというもの。その技術はパクらせてもらい、今でも困ったら最後の技として使っています。

さてさて主要な道路だけでなく、かなり辺境にある道路を使ったので、それが理由で大変なこともありました。

時には道路工事が終了するまで二時間ほど待たなければならなかったり、

道路工事待ち2時間

それでも後ろにできた車の行列は5台ぐらいだけだった(笑)

時には牛が通り過ぎるのを待たねばならなかったり、

放牧されている牛が道の真ん中を行進

そんなことがありながらも、何よりも同乗させてくれたドライバーたちは本当に親切でした。ヒッチハイク中に一緒に入ったレストランで、お金を払った事はありませんでした。「あんたは外国からゲストなんだから」と言って払わせてくれないのです。

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決まり文句になった、「どこかテントを張らせてもらえる場所ありますか?」

その日にどこまで行くか決めずに、行けるところまで辿り着こうというスタイルでヒッチハイクしていたので、当日どこで寝るかなんて全く決まっていません。テントを持っていたので、スペースさえあればどこでも寝れるので割り切っていました。

稲城県で僧院を訪れてみた

新龙县

夕方になると決まり文句になった(英語通じないのでボディランゲージですが)定番の質問は、「どこかにテント張らせてもらえる場所ありませんか?」

食べ物を買ったショップで、レストランで、道端でもとりあえず聞いてみます。

でもここで質問:テントを持っているなら勝手に自分でスペースを探して、テント張ったらいいんじゃないの?

実はこれがヒッチハイクテクニックの一つ。わざわざ聞くことによって、時々彼らの家に招待してもらえることがあるのです!何てずうずうしい。国によって成功率は違うし、毎回うまくいくわけではありませんが、でもホームステイできるなんて旅人にとっては最高ですよね。

チベット族一家に泊めてもらえた

新龙县でホームステイに成功

甘孜でガンゼ・チベット族のお祭りに緊急参加

さて順調にヒッチハイクで甘孜まで到着しました。少し市外で降ろしてもらったので、徒歩で市内に入ろうと思い橋を渡ろうと思うと、何やら賑やかな音が川沿いの公園からしていました。

何だろうヒッピーの集まりか?と思って森を抜けて行くと、そこには数々のテントとたくさんの人々が。たぶん何かのお祭りだ。チベット族のエリアだからチベット族のお祭りかな?

みなさんテントを張ってるし、ここでキャンプしてもよさそう。さらに人もたくさんいて安心そうなので、テント張ってしまいました。

周りの皆と同じようにテントをセット

英語は通じないけれど、「ここにテント張らせてもらいます。今晩よろしくお願いします」という感じで体でアピールしておきました。こんなに適当でいいんでしょうか?(笑)

何よりとにかくお腹が空いたので、ここはいったん離れて甘孜の町に何か食べに行くがてら散策に行きました。

甘孜は思ったよりも大きな町で、チベット族の多く住むエリアだけあって町中に僧の姿が。

甘孜中心部

大きな市場もあって、必要なものは何でもそろうという感じです。

川沿いには柳の木が植えてあって、涼しげな歩行者専用道路になっています。

甘孜北部の丘には立派な僧院があり、見学も自由にできるようでした。

甘孜には立派な僧院がある

ちなみに甘孜の標高は3400mあります。中心部から少し郊外に行くと、段々畑と山の美しい高原風景が見えます。

甘孜郊外の景色

郊外をしばらく歩いていると、美しい村を発見!

甘孜郊外の廃墟となった村

と思ったらすでに廃墟になっていて、放牧された牛が草を食んでいました。甘孜の発展によって、村人は町の中心部に移動したのかもしれません。

廃墟となった建物

なんだかきれいな場所で、甘孜は気に入ったなーと思いながらキャンプ地へ戻ると、

祭りのイベントの一つ

お祭りのイベントが始まっています。これは障害物レースのような競技で、ルールは「チベットの伝統衣装を着る所からスタートし、着終わったら衣装のまま写真のドラム缶で一回転して、着地後20mぐらい離れたラインまで走ってUターンして帰ってきて、また一回転して、伝統衣装を脱ぐ」までを競います。

女の子も老いも若きもみんな参加します。子共たちはドラム缶でなかなか一回転できなくてかわいかったです。

夜になるとまた別のイベントが、まずは女性たちが音楽に合わせてダンス。

音楽に合わせてチベット族の女性たちが踊る

そしてダンスの後は、スクリーンで映画を上映。

スクリーンで映画を上映

完全に地元の人みたいに場になじんで、楽しいお祭りだなーと思っていると、一人の青年が英語で話しかけてきました。

「このお祭りは地域のチベット族の人の伝統的なお祭りで、5日前からここでお祝いしているんだよ。向こうに僕の家族のテントがあるから一緒に来ない?食べ物もたらふくあるよ」

彼の名前はソナムと言って、アメリカのニューヨークにしばらく暮らしているそうで、今はこのお祭りに合わせて中国に戻ってきているそう。

「行くにきまってるやん!」と思って彼についていくと、家族のみなさんに温かく迎えられ、目の前にはおいしそうな料理がたくさん。

「どれでも好きなだけ食べていいのよ。」とか言われて、遠慮するふりをしながら腹いっぱい食べました。

甘孜でお世話になったソナムの家族

ソナムとはアメリカでの生活の事など色々話しました。一番印象に残っているのが、ソナムが話した「チベット族の家族でもチベット語を使わずに中国語で話すことが多くなってきている。」という言葉。

ウィグル自治区でも感じた事だけれど、中国の民族同化政策の影響を強く感じます。

語りあかした翌日、ソナムがテントにやってきて近くに天然温泉があるんだけど行かないかと誘ってくれました。温泉は歩いていける距離にあって、見た感じは何の変哲もない川?

しかしよく見ると岩で囲んである部分があり、水に手で触れてみると温かい。

誰も周りにいないので、みんなで裸になって温泉を楽しみました。そこからは美しい山の風景も見ることができます。

キャンプ地近くにあった天然温泉

思わぬ出会いだったけれど、こんな出会いがあるから旅は楽しくなります。

郎木寺鎮でピクニックへ誘われる

甘孜を離れさらに北部へとヒッチハイクで進んでいきます。まだまだ続くチベット文化圏。ラダックもあるし、ブータンもインドの北東部もだし、チベット文化圏ってこんなに広いんだ。

景色の良い高原地帯も続く。甘孜までの峠道もそうだったけど、このあたりの高原地帯は標高4000mほどあるんです。遊牧生活を送るチベット族の人々も道中で見かけました。

景色の良い高原地帯が続く

若爾蓋県で一泊し、ヒッチハイクしていると二台の車が止まり、「郎木寺まで行くので、良かったらどうぞ?」と元気の良い家族が同乗させてくれた。どうやら郎木寺でピクニックをするようで、「良ければ一緒に来ませんか?」と誘ってくれました。

ノーなんて言うわけがない。もちろん参加します。

郎木寺も標高が高く、3300mもある。何も知らずにただピクニックに誘われたから来ましたが、有名な僧院があり観光客に人気の町だそうです。僧院に入るのにもチケットが必要でしたが、なんとその家族が払ってくれました。

郎木寺の風景

僧院の近くには学校があり、多くの少年僧がチベット仏教を学んでいます。

川辺でリラックスする少年僧たち

ピクニックエリアに到着すると、さっそくシートを広げて、弁当を広げて、冷えたビールを出してきて、「カンペ―!」

ヒッチハイクで知り合った家族とピクニック

なんでたった今日会ったばかりなのに、こんなに歓迎してくれるの?信じられないぐらいのホスピタリティです。

ピクニックを楽しんだ後は、お寺を一緒に見学しに行くことに。チベット族直々に五体投地の仕方を教わりました。

五体投地レッスン

郎木寺は3300mと高原地帯に位置するため、周囲には美しい絶景が広がります。僧院巡りにトレッキングと観光客が集まるのも不思議でありません。

郎木寺付近の絶景

郎木寺渓谷奥の山から郎木寺を見降ろす

仲良くなった家族はこれから成都方面に向けて帰るらしく、「成都に一緒に来れば?家に招待するわ!」と誘われましたが、さすがにモンゴルにも急がなければならなかったので、中国に来て初めて招待を断らざるをえませんでした。

時間切れでついに電車を使って、モンゴル国境へ

郎木寺を出た後は、かなり急ぎ足でのヒッチハイク旅でした。

「どこかにテント張らしてもらえませんか?」作戦は順調で、ムスリム圏の臨夏市でも家に泊めてもらうことに成功。

達筆な人にサインを作ってもらった

蘭州市では中華麵で有名なので、蘭州ヌードル食べて、黄河を眺めて。

内モンゴルでは公安に捕まっちゃいました。大した事はないのですが、高速道路の料金所手前でヒッチハイクしてたら、「こんな場所で危ないじゃないか。パスポート見せなさい。」

警察に捕まったことも

懲りずにヒッチハイクを再開して包頭市まで辿り着きましたが、ここで時間切れ。翌日にビザが切れてしまうので安全策をとって電車で国境の町エレンホトまで行きました。

おわりに

中国でのヒッチハイク旅はかなり快適だったと思います。何よりも素敵な人々との出会いの連続が心に残っています。日本の「おもてなし」どころではない、最高の「おもてなし」が心にしみました。中国をもう一度しっかり旅してまわりたいなーと思わせてくれた旅だったと思います。

中国を大好きになりました。

さて次は遂にモンゴルに到達。旅の続きが気になる方は下のリンクへどうぞ。

モンゴルの旅 (1) モンゴル人家族のお宅にホームステイ
中国雲南省昆明から四川省、甘寧省、寧夏回族自治区、内モンゴルをヒッチハイクで通り抜け,モンゴルとの国境の町エレンホトまで辿り着いた。 内モンゴル地域ではモンゴル文字の使用を多く見かけたが、エレンホトではキリル文字が使用されている割合が多く感...

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