[ギニア] 南西部の森林地帯を駆け抜ける

トレッキングを楽しんだフータ・ジャロン地方を後にし、ギニアの南西部へとヒッチハイクで移動を開始。

検索してもカウチサーフィンのホストもおらず、ただただ運に身をまかせ不確実性を楽しむ旅。

到着した場所で、テントを張らせてもらえる場所を探しながら、コートジボワールとの国境へ向けて。

ヒッチハイクでコートジボワール国境を目指して

さて一週間ほどピタの街に滞在しただろうか。ここではトレッキングだけでなく多くの人々との出会いがあった。

例えばコーヒーを焙煎して販売する仕事をしているアルファ。

彼とはラべで出会ったのだが、「ピタにあるカフェに遊びに来てくれ」と招待を受けていたのだった。

彼の家に到着した途端に、コーヒーの香ばしい香りが漂う。

ここでは女性たちがコーヒー豆を選別し、焙煎しているところだった。

コーヒー豆はもちろんギニア産。

気温の高い環境で、手動でコーヒー豆を焙煎するのは簡単ではない重労働だ。

アフリカの女性はたくましい。

さらにここではカフェ・トゥバも生産していた。セネガルがカフェ・トゥバの本家ではあるが、ここで使用しているのはギニア国産の原料。

焙煎したコーヒー豆を粉にして、ギニアペッパー、唐辛子、クローブ、ショウガなどとミックス。

ピリッとしたスパイスが効いた、健康に良いコーヒー。個人的には大好きなコーヒー。

セネガル人の人口の増加に伴い、日本でも飲める日がやってくる?かもしれない。

あてピタを離れて、マム―、そしてファラナ方面へとヒッチハイク。

ギニアの人はヒッチハイクのコンセプトは知らないけれど、説明したら簡単に乗せてくれる。

そして車内からはギニアお馴染みの風景が。車の屋根にこれでもかと括り付けた荷物。

途中のファラナという街で日が暮れてきたので、適当な中庭がある民家に「テントを張らせてもらえますか?」と声をかけると、もちろんオッケー。

家族の中の青年が彼のキングサイズのベッドをシェアしてくれるという。一つのベッドで一緒に寝ることになるのだが、西アフリカでは特に普通のこと。

ここでは民家の前で、カエルの肉をピリ辛に煮込んだ料理を販売していたので試してみることに。

味自体は不味くはないけど、あまりにもカエル本体の姿が残っていて、食べていて気持ち悪くなった。

翌日にファラナを離れて、ギニア南西部のセレドゥーという街で車から降ろしてもらう。

ここにはMassif du Ziama Classified Forestと呼ばれる、「原生自然」と呼ぶに相応しいギニアの歴史的な森林があり、1932年に保護区に指定され、ユネスコの生物圏保護区にもなっている。

1300種以上の植物と500種以上の動物(哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類)などが生息しているのだとか。

ここでも街の人々にテントを張れる場所を探していると説明すると、その中の一人が彼の家族のもとへと招待してくれた。

しかもテントでなく彼の家のベッドに寝かせてくれるという。これだから西アフリカを旅するのは不思議な安心感がある。現地の人によるセーフティネットがあるのだ。

彼らのおかげで素晴らしい森林も探検することができた。

20mの高さはあるであろう大木が空にそびえ、そこに寄生したり、うねうねと蔓を伸ばす多様な植物。

こういった人の手が極力入っていない森林を体験できるのは貴重。

さらに素晴らしかったのが、森の奥へと足を進めるたびに、色とりどりの蝶々がひらひらと舞うように飛びまわっていた風景。

写真には撮れなかったのだけれど、赤、黄色、青色、紫色などの蝶々が飛びかう姿は幻想的だった。

ただし森の入り口には、下の写真のような警告もあり、かなりビビりましたが…。

セレドゥの街には3日ほど滞在し、次の滞在先はそこからヒッチハイクで辿り着いたンゾー(N’zoo)というコートジボワールとの国境の街に。

最初からこの街を目指していたわけではないのだけれど、最後にヒッチハイクしたバイクの運転手であるエマニュエルがあまりにもいい奴だったので、ここまでついてきてしまった(笑)

ンゾーの街からは、西アフリカ最高峰のニンバ山(約1800m)がきれいに見える。

頂上まで行ってみたくて、エマニュエルと一緒に登山口のチェックポイントまで行ったが、事前に申請して許可書が必要なようで登れず。

その代わりにエマニュエルがバイクで周辺を色々と案内してくれた。

こちらは街の東にあるカバリ川。コートジボワールへと流れていく。

ただここも地元の人と一緒でないと通過することができなかった。国境沿いの地域は色々とややこしい。

急流を利用しての漁も行われているようだ。

どんな魚が獲れるのだろう?

こちらは岩が浸食されて自然にできた橋。

ギニアは観光化された国ではないので、知られざる場所が無数にある。

この国でも出会った数え切れないほどの素敵な人々。親切にしてくれた人々。

彼らすべての写真を撮って残せるわけではないし、連絡先も交換していない人もいる。

連絡先を交換しても次第に連絡は途絶えてくるし、記憶もどんどんと薄れていき次第に忘れていく。

ブログだって書くのは面倒だし、すべての出来事は書き残せない。

究極的にできることは、やっぱりこの瞬間瞬間を楽しむことにしかないのだろう。

それは薄れることもなければ、消えることもない、唯一確かに存在する現実の時間なのだから。

おわりに

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